ポケモン映画の話

ポケモンの映画の話をします。

まず、ポケモン映画は今までのは全部見てきたと思うんだけど、正直マナフィあたりは微塵も覚えてないし、そもそも映画館で観たことあるやつの方が少ないです。別に言うほどファンではない。大体アニメを全然見てないから「今はこんな仲間と冒険してるんだ〜」ってなりますからね。

今年のポケモンの映画は
ボルケニオンと機巧(からくり)のマギアナ

と、ボルケニオンマギアナ?だれ???とXYやORASの作中で一言も言及されてないポケモンが突然現れるわけですよ
去年のもなんだけど、もう少し作中で匂わせてくれないと「あの幻のポケモンが映画で見られる…!」ってワクワク感が出ないと思うんだけど、なんか大人の事情でもあるんでしょうか


今回の映画をざっくり言うとボルケニオンが機械の王国に捕まったマギアナを助けるために、サトシたちと協力してマギアナを取り返す話です。

このマギアナってやつが、機械の王国で500年前に作られて、王国に献上されたんだけど、戦乱の中で行方不明になってしまっていて、500年ぶりに王国が見つけて取り戻すんだけど、500年間いっしょに過ごしてたボルケニオンはそれを取り返そうとするっていう、ぱっと見はどちらが悪いって感じでもないけど、結局は人間側が悪いんですよ。いつでもね


ここまで一生懸命映画の概要説明しようとしたんだけど飽きたので書きたいことだけ書きます。

・ネーベル高原が近すぎる
ボルケニオンマギアナは、ネーベル高原(上手く聞き取れなかった)に住んでて、そこは人間たちに迫害されたポケモンたちが500年以上前から暮らしている。
マギアナは500年前の戦乱で、王国からここに逃げてきてボルケニオンと出会うんだけど、そもそも出会いのシーンがなんだか薄い。

そして何よりネーベル高原が近すぎる。
サトシたちが飛行機で数時間もかからずに行ける距離なんだけど、こんな近距離に逃げてきたマギアナを500年間見つけられない王国って……。
まず真っ先に探すだろうよ!!!!
かなりの大自然なので、そこに行くまで人やポケモンの足じゃ相当時間かかるんだろうけど、ちょっと無能すぎない?

そして500年以上前から「迫害されたポケモンたちが集まる」らしいんだけど、近隣にはその王国くらいしかなくて、あとは雄大な自然しかないなので、どんだけ王国の人たちはポケモンを迫害しているんだ。そらボルケニオンも人間を憎むよ……。
風の噂を聞いてポケモンたちがそこに集まる説を推したい。
とにかく映画見ながらネーベル高原めっちゃ近いな!!!!!!?ってことばかり考えてしまった。つまらん大人になってしまった。


ボルケニオンの動機が薄い
迫害されたポケモンを保護したり、ポケモンハンターから守ったり、ボルケニオンは高原の中のアニキというかいつでも一匹狼なやつなんだけど、そんなボルケニオンが唯一心を開くのがマギアナ
マギアナボルケニオンのパワーでも傷つけられないくらい強いからってのはなんというか美味しい!!!ってなります。
作中でマギアナの言うことはしぶしぶ聞くボルケニオン可愛い。というかマギアナが可愛い。
今作はボルケニオンマギアナのイチャラブを見守るお話なんだけど、ボルケニオンマギアナに一途な理由がなんか薄いんですよね。
500年間いっしょに過ごしてきたんだから、もっと何かいいエピソードを入れればよかったと思うんだけど、尺の関係かそこらへんがスッパリないので……
前作のフーパでは、フーパが幼い二人と一緒に育ってきた描写が2回ほど入れられたおかげでボロ泣きだったんだけど、今回はどうも薄い

「俺はなにがあってもアイツを助ける!」キリッ

ってされても、作中で明記されてるボルケニオンマギアナに心を許した理由が「俺の爆発で吹っとばなかったやつはあいつが初めて」だけですからね。続きは二次創作で!ってオチか???


・そもそもマギアナってなんやねん

500年前に天才発明家に作られて王国に献上されたマギアナ。500年野良で過ごしていたら塗装が剥げて銀色になってしまったけれど以前は金色と赤でとてもモンスターボールに似ていたという設定です。
私はモンスターボールの歴史を、
まずはぼんぐりでポケモンを捕獲する技術が発明される→40年前の映画セレビィ時代で木製のモンスターボールの原型みたいなやつが流通してるから、まずは丸いぼんぐり有りき、そこから丸型のボールが生まれたと思ってるんですよ。
ぼんぐりが丸かったからモンスター"ボール"
と思っていたところにまさかの「500年前にモンスターボールが存在した!!!?」みたいなオーパーツが登場したからそりゃもうビックリしたよね。
ぼんぐりボール職人のガンテツおじさん泣いちゃうよ。
そもそもぼんぐりとはなんだったのか……。
モンスターボールがモチーフのビリリダマとか、タマゲタケとか、そこらへんはモンスターボールの流通と共に誕生した"新しい種族"かな?とか考えていたところに500年時間を吹っ飛ばされて色々と頭が追いつかないというか、たかがモンスターボールがモチーフのポケモンが増えただけでウダウダとブー垂れてる自分は一体何が不満なのか自分でもわからないけど、なんだか不満だ!!!!!

そしてマギアナについてもう少し語ると、

(公式サイトの説明より)
なんだけど、あんまり映画でほかのポケモンの気持ちや思考を感じている描写がなかったというか
"世話好き"ってのは描写されていたけれど、なんというか"共感力"がある描写がないんですよね。
ネーベル高原にいるポケモンたちは心が深く傷ついているポケモンたちばかりで、そんな彼らにとってその辛さに寄り添ってくれるマギアナは心の支えだろうなって想像できるんだけど、具体的な描写がなんと全くない
というかまじでネーベル高原での生活が「マギアナは色々お世話してた」くらいでサラッと流されてたから……

機械の身体に心が宿っているって、かなり掘り下げがいがある設定じゃん?心のない機械が感情を手に入れるって超王道の展開なんだけど、マギアナの場合そこは全部吹っ飛ばして最初から感情全開なのがなんというか勿体ないな……これは単なる私の好みの問題ですが……
マギアナの過去、もっと知りたかったなあ

個人的に一番グッときたシーンは、マギアナが王女と対面したときに500年前に自分が仕えていた王女の姿を思い出すシーンです。
ポケモンと人の、流れる時の違いって…いいよね…。
欲を言うとこの王女との生活ももっと描写が欲しかった。

マギアナについて書くのに飽きたので次


メガシンカはやはり心が躍る
はい、メガシンカはやはり心が躍りますね。
今作ではもうたくさんのメガシンカが現れます。前作では伝説祭りでしたが今作はメガシンカ祭です。
私はメガシンカの光ってぶわ〜〜っと変化して、あの葉っぱみたいなメガシンカマークがボン!って出てくるシーンが超好きなんですけど
やっぱり映画で見ると迫力ありますね!
終盤で、敵の悪の力で無理やりメガシンカされたポケモンたちvsサトシたちのバトルがあるんだけど、ここはもうめちゃくちゃ面白い。
ゲノセクトあたりからのポケモンのバトルシーンはカメラワークがギュンギュン動いて良いです良いです
ただ、ここでも文句を言うと、有象無象すぎるというか、敵のメガシンカに全く恩恵がない!!!
そしてフーディンの念力で全員飛ぶんだけど、念力万能すぎるだろう!!!
というか強いのはフーディンやろ!!
あとトレーナーが指示する描写がほとんどないので、トレーナーの存在意義のなさ
今作で「人とポケモンは助け合って生きているよ☆」ってのを人嫌いのポケモンたちに理解してもらうシーンがあるんだけど、肝心のバトルで全く人とポケモン助け合ってないからね
トレーナーはポケモンの力を引き出すんじゃなかったんかい
尺の関係だろうけどちょっと悲しい。
というか上述の「人とポケモンは助け合って生きているよ」を人嫌いのポケモンに伝えるシーン、結局餌付けですからね。餌で釣るんかい!!!!!!!!!!!!って憤死だよ憤死


・というかラピュタ
メガネかけた悪役が、古代兵器の空中要塞を操ってビームを撃つ
あっっっ!!!これどっかで見たと思ったらラピュタやん!!!!!
と一人映画館でソワソワする私
今作に限ったことじゃないけれど、人間側の科学技術が優れすぎていてなんか腹が立つ
ポケモンが主役の映画で、悪役の科学力になす術なくやられるポケモンを見ると、「科学の力がなんだ!勝て!負けるな!」って思っちゃう
ええと、とりあえずラピュタって感じです。
科学の力ってすげー。



もうなんだか文句ばっかり書いていたら具合が悪くなってしまった
総合的に見て別にそんなつまらなくはないのに、一体何がこんなに不満なんだ
なんというか全体的に粗が目立つんですよ


とかね。
こういうときにポケモンの力を借りようよ!!!とか思っちゃうんですよ

悪役に騙されて落ち込んでる王子に「旅に出るといいよ!」って突然言い出すサトシとか!!!
せめて「旅に出ると世界が広がるよ!」みたいなワンクッションあればすんなり受け止められるのに、なんか突然すぎるよ
物語の多分根っこにあるだろう「人間は嘘をつく」「俺はつかない」→具体的に「嘘をつかない」エピソードがないとか致命的だと思う。確かにサトシは一生懸命体を張ってマギアナを救出したんだけど……私が見落としていただけでちゃんと描写あったのかな…
あったらごめん。でも二回見て思い当たらないってことは印象が薄いからダメだと思う(クソ理論)

ストーリーとしてはまとまってるんだけど、背景が薄いからあんまり共感できないのが今作の感想です
今年のポケモンは泣けるぜ!!!ってすごく推していたけれど、やっぱ泣くためには背景が必要なんだな
「ほら!マギアナの心が死んだよ!ボルケニオン死んだと思ったけど生きてたよ!マギアナが蘇ったよ!ほら!泣けるでしょ?」って泣けるシーンだけ見せられても……
なんでも説明されなきゃわからないのゆとりか?行間を読む力が足りない!感受性に乏しい!と自分に説教しても、「でも……」と思ってしまう。
話を盛り上げるために、色んなものが犠牲になってしまい、結局私には熱い魂の声は聞こえませんでした……………。


私は前作のフーパを猛烈に推していて、
フーパが家族として共に過ごすうちに「愛」を知り、自分自身の戒めを打ち破る
・「ポケモンマスターは誰かに叶えてもらうものじゃない、自分でなるものなんだ!」とサトシの熱い決意表明
・伝説のポケモンに適切に指示をするサトシ
とまあ3回見て3回泣いてしまうくらい好きな映画です。
特に最初のフーパが愛を知るって部分なんですけど、なんだか好きすぎて全然説明ができん

自分の力を過信していたフーパが力を封じられてしぶしぶ人と暮らし始めて、自分の力+人の力で米がめっちゃ育つ
人と暮らして「自分以外のかけがえのない大切な存在」ができる
めっちゃ育った米の金色のめちゃくちゃエモい風景の中で「フーパ、ありがとう」「ありがとう?なんで?なんの?」「お前も、"家族"だからだよ」
あのときは理解できなかった「ありがとう」の意味が理解できたとき、封じられていた本当の力が解放される
なんでも自分の力で「おでまし」して、強いポケモンに頼りまくっていたけれど、サトシの夢を聞いて「夢を叶えるには自分の努力が大事」ってことを知り、自分で破壊してしまった街を自分の力で直す!と、自分のためではなく人のために力を使うその成長
もうねえ、最高ですよフーパ

泣ける映画だよ〜と言われていないのに大泣きしちゃったフーパだったから、「泣けるよ!」と宣伝されていたマギアナで全然泣けなかったおかげでなんか肩透かしというか、期待が高すぎてガーーーンてなっちゃっただけで、マギアナも総合的に見ると悪くないからね。テンポもいいしね
ただ、なんか物足りないんだよなあ…なんだろうなあ…

幻や伝説のポケモンのありがたみのなさ
喋るポケモンが多すぎる問題についても延々とツバ撒き散らして語りたいけれど、いい加減疲れてきたのでおしまいにします。

来年の映画は20周年記念超大作だから楽しみですね