「ポケットモンスター みんなの物語」の話

今年もポケモン映画を観てきました。
ポケモンに対して色々拗らせて、変に批判的な目で毎年観てるんですけども、毎年毎年泣かされて、ポケモンは人生だ……ってなる。チョロい。
今年も映画館で「ポケモン久々〜」「懐かしい〜」みたいな女子高生みたいな子たちがキャッキャしてるだけで、「ふふ…よく観にきてくれたね」と謎の腕組み彼氏面で待つ始末。
ポケモン映画を観ると夏を感じる。

実は試写会で一足先に観てきたのですが、そのときあまりに衝撃的すぎて、全然感想とかまとまらず、ただただボーゼンとしてたのですが、ようやっと今日ちゃんとみてきて自分の中に落ち着きつつあるので、感想書きます。ネタバレ多めです。


人気アニメ「ポケットモンスター」シリーズの劇場版第21作。前年公開の「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」から始まった、サトシとピカチュウの新しい冒険を描き、今作には伝説のポケモン「ルギア」が登場。1年に一度の祭りでルギアから恵みの風がもたらされる街フウラシティを舞台に、新しい仲間たちとの物語が紡がれる。1年に一度の風祭りの最終日に、ルギアからの恵みの風がもらえるというフラウシティ。偶然、祭りに参加していたサトシとピカチュウは、リサ、カガチ、トリト、ヒスイ、ラルゴという5人の仲間と出会う。それぞれが悩みを抱え、パートナーのポケモンと一歩を踏み出せずにいる5人との出会いが、運命の歯車を回し始める。

映画.comより


ルギア爆誕のリメイクきたか!!?!?と色めき立つ人も多かった(私もそう)と思うんだけども、違います
リメイクというか、アンサーというか、何というのやら。

サトシがお祭りを楽しんでいたら、事件発生! みんなで力を合わせて解決だ! って話なんだけども、この「みんな」が今作のタイトル通り、大きなテーマです。
昨年話題を呼んだ「キミに決めた」でサトシとピカチュウの二人を徹底的に書きまくったあとで「みんなの物語」。
脛に痛いものを抱える5人の群像劇って言うんでしょうか。
うそつきなおじさん、ビビリなコミュ障研究者、ポケモン初心者ギャル、ポケモン嫌いのばあさん、謎のお嬢様の5人が、サトシとの出会いをきっかけに、迫る災害に力を発揮するというか。そういう「みんなの物語」です。
詳しい説明苦手なんで、映画館で観てください。


感想というと、まず今作ではゴリゴリの悪役が出てこないところは大きな魅力だと思うんですよね。前作ではなんか人間性に問題のあるトレーナーが出てきたけれど、今回はポケモンハンターが出てくる程度。
(余談だけどポケモンハンターがオタチ捕まえてるのなんかリアルだった…オタチの毛皮って高く売れそうですよね)
ポケモン映画は、人とポケモンの絆を描く一方で、悪役は人間!てやるんのが定石な感じですけども、今作では無知な好奇心の塊の人間が悪!みたいな描き方でしたな〜なんとなくポケモンGOで寺とか神社に迷惑かけてたポケモントレーナーを思い出しました。
私は巨悪(科学の力を悪用する敵)vsポケモンの流れは、「ポケモンが科学の力なんかに負けんじゃねえ!!!」過激派であまり好きじゃないので、ポケモンが科学に負けないでくれるだけで嬉しいですね。

あと、サトシが最強ヒーロー脱出したというのは大きな一歩というか。
大体のポケモン映画って、サトシが伝説のポケモンと心を通わせて、唯一無二のヒーローとして活躍してる風に私は思ってるんですけども、今回の事件の中で、サトシが果たした役割って割と小さいんですよね。
ゼラオラと友達になったのはもちろん凄いことなんだけれども、結局サトシがやったのって消火活動だけ!
薬も開発してないし発電所動かしてないし聖火届けてないし、そもそもルギアと心を通わせたのはサトシじゃない。
有象無象の人たちとともにとにかく消火活動。ポケモン映画特有の大災害の中で、サトシがこんなに活躍してないこと今までありました?
これって、ルギア爆誕で世界を救って母親に怒られていたサトシに対するアンサーだと思います。たった一人で世界を救っていた主人公だったけれど、主人公がみんなになったというか、上手く言えないなあ。
誰でもヒーローにはなれるけども、一人じゃなれなくて、信じてくれる存在がいることでヒーローになれるというんでしょうか。サトシにとってそれはピカチュウだし、ピカチュウにとってはサトシで、互いに信じてるからヒーローになれるんだよなあ。
常に真っ直ぐで仲間思いのサトシに、周りの皆は惹きつけられて、パワーをもらって、動き出すんですけども、そんな最強のサトシくんが「ピカチュウがいるからできると思った! ピカチュウのおかげ!」と"一人じゃできないことも、キミがいるとできる"と信じて動いているのが最高なんですよね。
最強に思える主人公が、自分じゃなくてポケモンのおかげだと信じているから、ポケモンも彼を信じて力を貸している……。
サトシにとっても、ピカチュウにとっても互いを「キミに決めた!」としてるのが、もうね。種族も言葉の壁も全部とっぱらって、そういう絆を育むことが大きなパワーを生むってのは、胸にくるものがあります。

でも、カガチおじさんは別にサトシがきっかけじゃないんだよなあ。サトシが「ポケモンパワーです!」と言った場面には同席せず、彼は自身で守りたいもののためにがむしゃらに頑張ることを決めるってのも、良いですね。

そもそもポケモンの世界の中で、モンスターボールポケモンバトルってかなりデリケートな立ち位置な気がするんですよね。
野生のときは人間にツンケンしてたポケモンが、ボールで捕まった瞬間に人間に従うようになったり、そもそもバトルでポケモン同士を戦わせるのってどうなの?みたいにね。
ゲームの方も、そこをどう落とし込んでいくのか試行錯誤してる感じがある。ブラックホワイトでは、ついに「ポケモン解放すべき!」みたいな団体も現れたわけだし。
でも、それに対する答えは一貫してて、人がポケモンを好きなように、ポケモンも人が好きってこと。
いけ好かないライバルに、ポケモン初心者の主人公が勝てたのも、主人公がポケモンを大切にして、ポケモンも主人公を大切にしているから。その想いは世界だって救える。ええ話や。
それでも、やっぱり「モンスターボールってさァ……強制洗脳装置?」なんて思ってた私だけれども、映画では見事にその考え吹っ飛ばしてきたなあ。
市長の娘であるラルゴちゃんは、野生のポケモンと、モンスターボールなくとも仲良くなって遊びまわっているし、ウソッキーは自らボールに入ったんですよ。あの、自らボールに入るシーンは個人的にめちゃくちゃ胸にきて、ポケモン側も人間を必要と思ってくれてるてのを、あんなに綺麗に描けるものなのか。
今作の名言である「人がポケモンといると力をもらえるように、ポケモンもそう思ってくれたらいいな」ってのは、多分ポケモンやってる人すべての願いで、それをあんなに見事に描かれちゃ泣くしかないじゃんね。

こうして色々と考えてみると、「サトシがポケモンと仲良くなるのは主人公だし当然!」みたいに思っていた節があったと気づきました。でもそうじゃなくて、まさに「ポケモンの数だけ出会いがある」。サトシじゃなくとも、みんなポケモンと深い絆を結んで、ともに助け合って暮らしている。そういう本当に当たり前のことを、今更気づかせてくれる映画でした。

で、話はめちゃくちゃに逸れるのですが、それを描いているのが「名探偵ピカチュウ」なんですよね。
名探偵ピカチュウの世界では、モンスターボールポケモンバトルも存在しません。
人とポケモンは言葉は通じなくてお互い何考えてるかわからないけども、なんだかんだお互い利があるから共存してるあの感じ。
私は、あの世界が本当に好きです。ハリウッドめちゃくちゃ楽しみです。元のストーリーと世界観が最高なので、変なことやらかさなければつまらなくなるはずがないんですよね……。
ああ楽しみだ。


で、ここからはお得意の批判根性ということで流してほしいんだけども、気になる点はあって、

なんで聖火ほっぽり出して下山しちゃうの???
「このまま風が止まれば、この街の電力は底を尽きる……」のに、その大切な起動スイッチである聖火をそのまま山に放り出して下山しちゃう市長。おちゃめか????
確かにね、胞子騒ぎめっちゃ大変だけどね、忘れないでよ〜〜〜。
リサが走り出すエピソードはすごくすごく好きだけども、地味に気になる。


回復の薬をプロペラの羽に当てる前に、羽回し出しちゃうの???
やっとの思いで開発した、胞子を打ち消すための薬を、発電所の発電装置である扇風機のようなプロペラに当てて、拡散する作戦なのですが、「絶対当ててくださいね!」と託すなら、なんで薬を羽に当てる前にプロペラ回し出しちゃうんだ???
朽ちていたプロペラにくっついてた葉っぱとかバサバサと落ちてきて、当てるのめちゃくちゃ大変だったじゃん。
あれかな?当てたらすぐ拡散させるためかな?なんか腑に落ちなかった……
というかエスパーのネイティオが念力で浮かせて当てれば良いのでは…?
ポケモン映画にありがちなんですけども、人のパワーを描くために、その場にいるポケモンの能力がないがしろにされてるのは悲しい。マギアナで水探してるときに側にいたゲッコウガとか……。

そもそも、えっ、ルギアさん伝説のポケモンなのに、目印なくなっただけで、「どこに風送ればいいかわかんない〜〜〜><」で風止めちゃうんですか???
これはもう本当にストーリー的に仕方ないんだけども、以前海の神様として知能の高さを見せつけてきたルギアさんが、ちょっと……その……キュート(婉曲的表現)で……
というかルギアの出番もっと欲しかった〜。
あの聖火が「ルギアの目印」ってのは便宜上で、こう、風を引き寄せるスイッチみたいな役割ってことにしてくれんかな…そもそもそんな大切なスイッチがあっさり盗めちゃうの、あまりに性善すぎる。

そもそもなんであの娘は研究所に忍び込んだんだ???

とまあ疑問は尽きないのですが、こういうのって話を盛り上げるための装置というか、気にしてたら話が進まないというか、いちいち気にしてガーガー言ってる私がアホ野郎なので流してください。性分なんです。

あとは、序盤のとこで、メインの5人をそれぞれ描くシーンが、切り貼りすぎるというか、端的に描くためにブツ切り感があったというか……。えっもう場面変わるの?ってくらいクルクル変わっちゃうのですよね。
でもああしてまとめないと無理というか……。私のワガママなんですけども、もっと5人を見て知りたかったというか、ただそれだけのワガママなんですよね…。
それだけ、もっと知りたくなるくらい魅力的なメンバーだった。こういう群像劇は新たな試みだと思うけれど、今後も続けてほしい。

今猛烈にポケモンの過去作を見返したい……
基本的に感受性ゼロなので映画のメッセージ性とかな〜〜〜んも伝わらないんだけども、人とポケモンの関わりについて、改めて映画を観たいと思いました。



長くなっちゃった上に支離滅裂ですが、今年のポケモン映画、個人的にめちゃくちゃ好きで最高に面白いので、観てください!!!!!!!!